盛岡市水道事業90年のあゆみ 盛岡市水道90周年記念誌 盛岡市上下水道局
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「持続」へ「温故知新」忘れず1、はじめにぼ中央、東西を北上高地盛岡市は、岩手県のほと奥羽山脈に囲まれた北す。市域面積の7割以上上盆地に位置していま部において北上川、雫石が森林であり、市の中心川、中津川が合流する自然豊かな街です。盛岡の街づくりは、今年間に盛岡藩初代藩主南から約400年前の慶長部信直が盛岡城の築城をます。盛岡城は、維持が開始したことから始まり困難なことから明治7年経験糧にした懐深い組織…宮島「伝える」から「伝わる」へ水源選定は先人の慧眼…長澤思っています。性についてご紹介いただ今後の主要施策にけますか?ついて環境にやさしい上下水長澤「災害に強く、えられて期するものがさて、節目を迎していく考えです。ハー道」を掲げて事業を推進宮島多々あると思いますが、ドに関しては、米内浄水今後の主要な施策の方向場を20年かけて更新していくのをはじ配水場の耐震化め、基幹管路とをより積極的にす。これらの基進めていきま止に陥った場合幹施設が機能停は、長期の断水ります。それはの可能性が高まばという思いを絶対に回避せね事象からも強め能登半島地震のとなり、平成20年4月か回れる宝石的スポット」らは中核市となっていまとして紹介されました。未来が輝き世界につながす。現在は「ひと・まち・指したまちづくりを進めるまち盛岡」の実現を目タイムズ紙「2023年ており、ニューヨーク・に行くべき52カ所」に盛2、水道創設と拡張のにほとんどが取り壊され岡市が選ばれ、「歩いて歴史が、城跡は盛岡城跡公園石垣だけが残されましたとして整備され、今も市まれています。城下町と民の憩いの場として親しは、明治維新を経て近代して発展してきた盛岡都市の建設が始まり、明より人口約3万人の「盛県都として街づくりを岡市」となりました。進め、平成4年には隣接には玉山村と合併して人する都南村と、平成18年口約30万人の新生盛岡市う。「人」の総体としてではなく、実力でしょの組織の実力の高さを示ます。す好事例と言えると思いですね。今回は、水運用長澤やはり、「人」に関わるノウハウに加え判断があり、米内浄水場て、ベテラン技術者の好の全停止を回避すること陵地に布設された非耐震たものの、実際にはそれ継手管を適合管と評価しらの管の多くが被災して長澤います。なるほど…。耐管路更新に臨みたいと思震化率に留意して今後のいます。更新率に関してとを目標にしており、昨は、年1%を維持するこただし、今後は大口径管年度は1・2%でした。ているところです。このほか、自家発電設備の72も令和10年度を目途に進時間連続使用などの対策震化には引き続き力を注をターゲットにしていきめるとともに、管路の耐いでいきます。ちなみますので、延長は伸びなに、現在、基幹管路の耐い傾向となります。宮島多くの事業体か震化率は35・8%、基幹1%となっています。します。大口径管路、つらそのような声をお聞き管路の耐震適合率は72・宮島耐震化率、耐震まり基幹管路の更新を実準ですね。行政の合併に分の細い管路に比べて同践するとなれば、枝の部適合率のいずれも高い水カバーされたことと思わしても伸びません。しかじ投資額では延長はどうより耐震化率の低い所をれますので、高く評価でし、重要なのは水道シス合率については新たな評であり、これからの管路テム全体としての強靱性きます。ただし、耐震適す。輪島市では耐震化率では、延長だけでなく口耐震化に関する取り組み価が必要と感じていまのに対し、適合率の方はです。神戸市などは断面径も加味した評価は必要が8%にとどまっていたは、米内浄水場で通水をしては、三河川の合流点す。創設が遅れた理由と盛岡市の水道の歴史まります。水道の創設はことにより、市街の至るに市街がひらかれていた開始した昭和9年から始当時としては画期的な事ところ地下水や伏流水にと称されたといわれてい分生活用水を確保できた業で、〝築城以来の偉業〟恵まれ、浅井戸などで十ます。ためと考えられます。今でも街中には、自噴して東北では明治40年の秋田市を皮切りに青森市、いる共同井戸が実生活の郡山市と水道の創設が続中で使われています。き、盛岡市は東北主要都内務省技師が水源調査を創設に先立ち、当時の市中12番目となっていま移転する予定なのですえる事象に直面したわけの展望に大きな影響を与ます。の具現化を目指していき更新計画では、取水場をが、その予定地では今回ですので、その点でも災宮島はないことが確認できて害時は緩速ろ過に頼らない仕組みを勘案して米内すが、我々のような研究体」と国は提唱していまの豪雨の影響による問題宮島います。今回は、急速ろていきたいと思います。浄水場のあり方を検討しえていくべきという認識者は「水循環」全体で考過施設が言わばピンポイいずれにせよ、豪雨等のであり、土木学会でも同れた印象を持ちましたリスクはこれまで以上に考慮すべきです。す。水源涵養は水循環の趣旨のことを言っていまントのアキレス腱を突かが、結果として緩速ろ過宮島今や耐震化に加全ての体系に関わってくに反映させる試みも行っはなく「プロモーションが、これは局では名刺では、「断水の日」みたい長澤積といった考え方を指標ども念頭に新たな評価のカード」と位置づけ、裏面には各自の裁量で広報れないですね。なイベントも必要かもしていますが、管の容積なあり方を考える必要があ関連の情報を反映させて宮島のカバーを推奨していま成することで、職員は一います。これを公費で作の余地は多々残されていらの脱却を見据えた工夫ります。国交省も「急所」したいですね。人ひとりが広報を実践するという自覚を持ってもに断水を経験してもらうると思いますので、市民すので、これも追い風に長澤仰る趣旨はよくらいます。また、技術系ような働きかけも意義深積や容積ですと、これま広報の研修の受講を義務の職員も含め職員全員にいと思います。長澤分かります。ただ、断面で、市民や議会への説明報イベントのための着ぐ付けています。また、広て、もう1点、ご紹介さ周年のハード事業についでの算定方法が変わるの不凍給水栓第1号を創設せていただきます。耐震時の通水式典を行った場です。その後は、広域避所の近くに設置する予定が難しいですね。るみも2着作りました方針です。不凍給水栓と難所に順次設置していく宮島個人的には、一(笑)。こうした取り組みは、いわゆる水抜き機能番良い指標は断水率だとなく、「伝わる」広報をにより、「伝える」ではのある給水栓でして、寒冷地ならではの取り組み思います。水に関わる指標ともなれ長澤なるほど…。断目指しています。宮島非常に前向きなです。宮島ば、市民にも自分事とし姿勢に感銘しました。多からには、その水抜き栓ね。当然、そのためにはくの市民にとって「当たり前」になってしまってルートは耐震化が済んでを設置する場所に至るて意識していただけますす。当局では、令和5年ピールするのが難しいこいる水道の大切さをアいるわけですか?長澤広報の充実が求められま度に局としての広報戦略とは私も痛感していまのネーミングについてはり、それに従って具現化た8月27日の対応も多くす。先程ご紹介いただいしました。この取り組み局内でもいろいろと議論方針を取りまとめておす。例えば、本日、先生思います。大切さに加えの市民は知らないことと震化の進展具合も確認しにより、市民には管路耐した取り組みもありま名刺交換いただきましたたいですね。て、大変さもアピールしていただければと考えています。ちなみに、第1には何人かの当局職員とも中津川支流の行い、その中でな水量と優れた米内川は、豊富水質を持ち、流養には申し分な域内には水の涵い森林が広がり、すばらしい水環境であると太鼓判を押した設の多くが現在でも現役百選にも選ばれていまという記録が残っていまれた環境と清澄さを保っり、昭和初期のデザインとして稼働を続けておす。創設後は、市の発展にす。米内川は現在も恵ま立地したことは先人の慧情を感じさせます。平成を有した外観は歴史と風る市民生活にあわせて、伴う人口の増加や変化すており、この地を水源に眼でありました。「緩速7次にわたる拡張事業をろ過」が特徴である米内に登録されているほか、近代土木遺産、近代水道拡張事業は、第2次世界実施しています。第1次浄水場は、創設当時の施が不十分だったため、漏大戦中に施設の維持管理水の増加と水不足の対策中津川揚水場が建設されとして行われたもので、水場、第3次の北厨川揚ました。第2次の青山揚水場、第4次の中屋敷浄場の拡充、第6次の沢田水場、第5次の米内浄水てきました。第7次にお浄水場と拡張事業を進めいては、平成7年度に新村との合併時に懸案と庄浄水場が稼働し、都南なっていた都南地区へのれば意外と横のつながりで、非常時対応は別にす「上下水道一はない印象があります。道行政が移管されたことこの辺りは、国交省に水しょう。長澤管理者が言で機運は高まってくるでわれたように、日頃からとが大切ですし、それは顔の見える関係を築くこ訓練以上に重要だとう会社による障がい者場合によって号機はヘラルボニーといします。今年中に本体をアートのデザインで制作「当たり前」か作ってデザインが5月ま来年の水道週間に間に合でに出来上がる予定で、アートのコラボ、改めてわせます。水道×福祉×有力な広報ツールにもな今後に向けた90います。り得るのではと期待してから、80年誌のような余宮島ありますが、今回は市民裕も感じさせる成果品もに対して戦略的にアピーが改めて確認できましルされる考えであること日本大震災や大雨の経験た。長い歴史に加えて東を糧に懐の深い組織になっていることが分かります。だからこそ、「災「耐震」という境にやさしい」を標榜で害に強い」一方で、「環きるのでしょう。今後の目させていただきたいと施策展開にも引き続き注仰る通りで、そ機会をいただきました。思います。今日は貴重な有難うございました。に向けて貴重なヒントをこちらこそ今後長澤ます。今後とも引き続きいただき、感謝申し上げお願い致します。のご指導、何卒、宜しく安定給水が確保されましめることができました。た。3、盛岡市水道事業のしかし、水道事業をとりまく環境は年々厳しさを現況創設当時は、計画給水増し、諸課題に対して多様な施策により運営基盤人口5万人でしたが、令の強化を推進することが現在、これからの100和5年度末では給水人口不可欠となっています。か水道施設整備構想(平います。水需要は、平成年先を見据えた「もりお値をマークすると、翌13ています。経営基盤強化直近10年間の事業運営の方針を示す「第三次盛岡年度から減少傾向が続いは、料金構造の適正化をりおか水道ビジョン~市水道事業基本計画~ものため、平成29年4月に目標とした料金改定を行(平成27年3月策定)」に3%としながらも長期的とともに、令和7年度を基づいて事業を推進するい、平均改定率▲0・0な料金収入の安定性を高初年度とした「盛岡市水成26年6月改定)」及び道ビジョン(基本計画及取り組んでいます。び経営戦略)」の策定に4、最後にこれまで、盛岡市の水道事業は、その時代の課した。一方で、将来の人題に真摯に対応してきま減少、施設の老朽化、災口減少による料金収入の害対策など、多くの課題年、水道創設90年の節目に直面しています。本水道の果たす役割と使命の年を迎え、いま一度、を心に刻み、「温故知新」能な水道事業を目指しての精神を忘れず、持続可取り組んでいきます。治22年の市町村制施行に様々な広報ツールを駆使してPR(水道90周年マーク)建設工事中の米内浄水場供用開始直後の米内浄水場12年度に総配水量の最大27万3733人となって東日本大震災発生直後は新庄浄水場が支援拠点となっていた宮島名誉教授長澤管理者52%だったのですが、丘11年には国の有形文化財米内川からの導水管工事現在の米内浄水場最も歴史の新しい新庄浄水場90年という歴史業界紙で見る「盛岡市水道10年のあゆみ」76~特集 90年にわたる盛岡市水道事業足跡の確認と盛盛岡岡市市水水道道事事業業9090年年のの歴歴史史をを振振りり返返るる盛上岡下市水上下道水部道長局浅沼秀一寄稿【特集】対談節目を機にさらなる発展を期す盛岡市上下水道事業の今後の事業展開(令和6年12月5日発行)盛岡市水道90年資料編                                           岩手県都の市民生活・産業活

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